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星の降る里・芦別健夏まつり 健夏山笠

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北の山笠、夏を駆け抜ける!
スピードと迫力・これが芦別の「健夏山笠(けんかやまかさ)」

健夏山笠

毎年7月、2日間に渡って開催される「星の降る里・芦別健夏まつり」。ここで行われる、芦別の夏を象徴する大イベントが「健夏山笠」です。本家の博多祇園山笠振興会から、北の山笠としてお墨付きをもらっている山笠。ここではその迫力とスピード感あふれる魅力をお伝えします。



揺れる地面、響き渡る音、飛び散る水しぶき…その場にいないとわからない大迫力!

山笠のメインイベント「追い山」

山笠のメインイベント「追い山」は、山笠を舁く(担いで走る)タイムレース。健夏まつりに来たら必ず体感すべき素晴らしい時間です。

追い山には、緑幸流、栄流、北大黒流の、3つの流(ながれ=チーム)が参加。それに加え、市役所を中心とした「市流」が、3つに分かれてそれぞれの流に加勢します。1トン近い重さの山笠が駅前からスタート地点に移動するときの、舁き手(かきて=担ぎ手)の「オイサ!」というかけ声に、まずは興奮。舁き出し(スタート)を告げるカウントダウン中はゾクゾクする緊張感が会場を包みます。

 

そして待ちわびたスタートの瞬間、一層大きな「オイサ!」のかけ声とともに一気に走り出す山笠。想像以上のスピードに、道路がきしむような感覚さえ覚えます。沿道からは大歓声と無数のシャッター音。舁き手の体を冷やす「勢い水」の水しぶきが上がり、興奮は最高潮に―。これが、芦別の健夏山笠です。



市民の熱意が、山笠を根付かせた―健夏山笠の歴史

山笠

山笠の象徴が、巨大な山車(だし)。この山車の呼び名が「山笠」です。

本場博多では775年(2016年現在)もの歴史がありますが、芦別では昭和59(1984)年、市民の青井愼介氏(後の芦別健夏山笠振興会初代会長。故人)が博多祇園山笠の特集番組をテレビで見たのが始まり。石炭産業が終焉を迎えつつあった当時の芦別には、市民が一丸となって情熱を傾けられる祭りが必要という切実な想いがありました。そんな時代背景もあり、「芦別に山笠を!」の気運が高まります。

 

そして昭和60(1985)年、芦別でも見よう見まねの山笠が始まりました。平成4(1992)年には博多人形師・亀田均先生の芦別視察がテレビ放映され、健夏山笠は本場博多にも知れ渡ります。博多では伝統の流出に反発の声もあったようですが、芦別市民の本気の熱意が認められ、本家の博多祇園山笠振興会から正式にお墨付きをもらえることになりました。

 

当初は手作り感いっぱいの山笠も、亀田先生らの協力と指導を仰ぎ、今では上飾りも本格的な博多人形に。健夏まつりの期間中は駅前にすべての「舁き山」(追い山に出る山笠)が展示され、圧倒的な迫力と美しさで観光客の目を釘付けにします。


飾り山
手前の巨大な山笠が、撮影スポットとしても人気の「飾り山」。7月の第1土曜日に、芦別駅前にお披露目されます。人形を含めすべての飾りは本場博多で製作。5年に一度、新調されます。

地域に愛される、奉納行事としての山笠

地域に愛される、奉納行事としての山笠
 

健夏山笠の真の価値は、昔、アイヌの人たちがお祈りをした「黄金水松(こがねみずまつ)」をよりどころとした、奉納行事であることです。芦別市民の無病息災を祈念して行われる行事は、7月上旬から、飾り山の「御神(ごしん)入れ」、黄金水松をご神木とする「若松取り」、「祝儀山」、追い山の前々日に行われるもう一つのタイムレース「追い山ならし」、そしてクライマックスの追い山まで2週間に渡って執り行われ、山小屋の建設など準備期間も含めると、1カ月もの時間がかけられます。これを思うと、すべての人が一体となって酔いしれる、健夏まつり当日の追い山の巨大なエネルギーにも納得です。

 

そして山笠をもっと本気で楽しみたいなら、舁き手として参加することもできます。全国各地からの参加も可能で、芦別健夏山笠振興会の大西会長によると「市外からの参加者はだんだん増えています」とのこと。お祭り好きを自認するあなた、参加しない手はありませんよ!

 

これも芦別には欠かせない…?「餅まき」の風景

餅まき
 

山笠を締めくくる、「流」の清道入り及び追い山全体のタイム発表後には、驚きの光景が繰り広げられます。なんと、当たり前のように「餅まき」が始まるのです。
観光客から見れば、建て前でもないのに餅まき?と思いますが、芦別市民に聞くと「どんなときでも餅まきはやるんだわ」とのこと。市民にとって、ちょっと大きなイベントには付き物なのです。
しかもこの餅が柔らかくておいしいのは、さすが米どころ芦別です。追い山の迫力を堪能し、餅をお土産にする。芦別の楽しみは、奥が深い!?




データ

星の降る里・芦別健夏まつり 健夏山笠追い山
開催時期/7月第3土曜、舁き出し(スタート)は17:59
会場/芦別駅前通周辺
問合せ/0124-22-2111(星の降る里・芦別健夏まつり実行委員会)
※山笠参加の問合せもこちらへ

 

 

特別インタビュー

親子三代、山笠にかける想い 打越さんご一家
打越さんご一家

本家に比べればまだまだとはいえ、芦別の健夏山笠は約30年の歴史があります。そうなると親子ではもちろん、三世代に渡って山笠に参加するご家族がいくつか出てきました。打越さんご一家はお父様を筆頭に、お孫さんまでもが山笠に参加し、汗を流しています。「追い山」直前のお忙しい中、お話をうかがいました。


―お父様が山笠に参加されたのはいつからですか?
打越博智さん(お父様):山笠が始まって間もなく、20代の頃ですね。でも息子はなかなかやってくれなくてね(笑)。


―何かに抵抗があった?
打越智行さん(息子さん):いやいや、山笠は学校祭と時期が重なるので出られなかったんです。本当ですよ(笑)。


―ということは、出たい気持ちはあったのですね。
智行さん:いや、なかったです(一同笑)。子どもの頃に1回出て、その後は見たこともなかったんですよ。部活も忙しくて。
博智さん:でもこういうのは、馬鹿になってのめり込めるのがいいところなんでね。自分も最初はただ舁くだけで、直会(なおらい:慰労会)で一杯飲むのが目当てだったし。


―その意識が変わってきたのは?
博智さん:流(ながれ:チーム)に入ってからですね。そうなれば舁くだけでなく関連行事も全部やるので、山笠が神聖なものであることを実感できますから。6月の後半から本番が終わるまでの1カ月、仕事をしながらなのでイヤになるくらいキツイけど、面白いんですよ。
智行さん:全員で一つの目標に向かうのが楽しいんですよね。


―冬磨くんは楽しい?
打越冬磨くん(お孫さん):うん。
智行さん:この子は0歳からやってます。最初は水法被を着るだけですけどね。家で、ビデオに録った私たちの山笠を見てハマったようで、それから山笠を見るととにかく喜ぶんですよ(笑)。


―血筋は争えないと。
博智さん:自分が引退した後も、このまま2人の姿を見たいですね。そうすれば自分もずっと山笠に関わっていけますから。


(左から)打越博智さん(お父様・54歳、山笠歴26年)、冬磨くん(お孫さん・4歳、山笠歴4年)、智行さん(息子さん・32歳、山笠歴13年) ※年齢と山笠歴は取材当時

(左から)打越博智さん(お父様・54歳、山笠歴26年)、冬磨くん(お孫さん・4歳、山笠歴4年)、智行さん(息子さん・32歳、山笠歴13年) ※年齢と山笠歴は取材当時



―最後に、山笠をもっと楽しむためのポイントを教えてください。
博智さん:山笠を「キレイに舁く」あたりです。舁き手がキレイに交代したり、ケガをしないで終わるためのスムーズな進行に着目してもらえれば、見方も変わると思います。
智行さん:締め込み姿はいろいろ注目されますが(笑)、追い山当日までの1カ月を含めて全部が山笠なので、そこをわかってもらえば、楽しさをより理解できると思います。


―山笠は、地域や親子のつながりの面でも大切な役割があることがわかりました。ありがとうございました。




特別インタビュー

いろんな側面から、山笠を楽しんでください

芦別健夏山笠振興会会長 大西俊夫さん
芦別健夏山笠振興委員会 大西会長

運営組織の意識ひとつで、イベントのクオリティは大きく変わります。健夏山笠の運営は各流(ながれ)がそれぞれ行いますが、それを統括するのが「芦別健夏山笠振興会」。こうしたしっかりとした運営体制があってこそ、健夏山笠は成功していると言えるでしょう。同振興会第4代会長・大西俊夫さんに貴重なお話を聞きました。



―健夏山笠は約30年の歴史がありますが、山笠が行われる健夏まつり自体は、平成28(2016)年が47回目の開催でした。約17年の開きがありますが?
大西会長:山笠以前は「纏(まとい)踊り」がありましたが、人の集まりが悪くなり、市民(前述の青井氏)の提案から山笠をやることになったんです。ただ最初は本当に見よう見まねで、山笠は鉄骨、電飾用のバッテリーも積んでいて重すぎでした(現在は木製、電飾なし)。足は地下足袋でなく普通の足袋だったので、肩も足も傷だらけでね(笑)。人形もハリボテでしたからね。


―今でこそ山笠も本格的ですが、ここまで来るのには博多との関係も重要だったと聞きます。
大西会長:博多人形師の亀田均先生のご指導を仰いでから(平成4(1992)年頃)、内容が良くなりました。ただそれで博多祇園山笠の方々に知られるようになり、博多では誰が芦別の山笠を許したのかと問題になりました。我々がお邪魔して博多祇園山笠振興会にご説明したり、役員の方々に現場を見ていただいたりして、ようやく認めてもらえたんです。


―そうした経緯があったことで、結果的には由緒ある博多祇園山笠振興会お墨付きの「北の山笠」になり、価値も上がったと思います。打越さんのように、親子三代で取り組めるのも素晴らしいですよね。
大西会長:博多には「子ども山笠」がありますが、芦別では子どもは大人と一緒になって「先走り」という役目で参加します。小さな頃から山笠に関わることで、大切な郷土の祭りという意識が根付いてくれればうれしいですね。

 

―子どもたちの姿は印象的でしたが、彼らが大人になっても芦別で山笠を続けるには、参加者数の維持が必要ですね。
大西会長:そこで今は多くの方に参加してもらえるよう、全国から舁き手を募集しています。応募もだんだん増えていますよ。


―奉納行事であるという点を、詳しく教えていただけますか?
大西会長:芦別には昔からアイヌの方々をはじめ、多くの人がお祈りに訪れたという銘木「黄金水松(こがねみずまつ)」があります。その枝を山笠のご神木とすることで、市民の無病息災の願いが根底にあるんですよ。確かに健夏山笠は奉納行事ですが、特定の神様が対象ではなく、自然崇拝に近い意味合いですね。


―最後に、会長なりの山笠の楽しみ方を教えてください。
大西会長:いろんな見方ができることです。例えば「清道入り(せいどういり)」という、山笠が舁き出し(かきだし:スタート)直後、清道旗を回って追い山コースへ飛び出すまでの間もタイムレースなので、見ごたえがあります。コースの途中でヘトヘトになっている舁き手の姿や(笑)、そんな彼らが、廻り止め(ゴール)が見えるとイッキに急加速したりね。あのスピードで走りながら舁き手が交代する手際も見事だし、それぞれの地点や見方によっていろんな楽しみがあるのが山笠だと思います。


―参加者は、直会も楽しみですね。
大西会長:もちろん!奉納行事ですから、直会は欠かせません(笑)。

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